Shimada Taizo -Museu Para Acalmar (No124 Flor de loto)

  「6月の詞」       清らかでいよう。世俗の汚泥にまみれても…。ヒタヒタと 窮屈で住みづらい社会へと 一直線に進んでいる世相が 目に見えてわかる。犯罪・詐欺が溢れ 何を信じていいのか 世間は警戒心・猜疑心で固まっている。純粋な善意も簡単に裏切られる 悲しい世の中。それでも 一輪であっても 清らかな華でいようと再認識した。汚されないよう 少しは気をつけながら…。      島田戴造    

Shimada Taizo -Museu Para Acalmar Especial (Lirio-D’agua)

    「組織考」      宗教組織・教団は宿命的に布教拡大・組織防衛意識が働き 批判拒否体質に陥りやすく、個で在ることは難しい。むしろ許されないのが宗教組織の体質であるかもしれない。ところが皮肉にも 宗教性の究極は 個を大切にし 個を最高に輝かせる(仏に成る)ことにある。あらゆる仏陀もそれを願って来られた。だが 組織は上下関係を生み出し 権力構造を作り出し、組織を運営し 動かす人材は有用だけど、個(仏)の出現は許さない。組織・教団はそういう危険性を常に孕んでいる。従って創造的であるか否かが真に宗教的であるか否かを判別する指標となる。宗教組織は教条主義的になりやすく、他は受け入れられない。 偏狭な正義に固執し、争いを引き起こし、破壊・テロ・戦争を生み出している。平和や愛を標榜しているにもかかわらず、実は 平和を壊している遠源に宗教組織があることに驚きを隠せない。創造的であろう。愛を感じ 愛を産み出すことこそ最も創造的・宗教的行為と意識し 残りの人生を 自分なりに生きようと思う今日この頃です。    島田戴造     ※作品「睡蓮」は50号Mサイズの日本画で「呉美術協会展」出品作です。   ~7/2(木)~7/6(月)    於呉市立美術館~

Shimada Taizo – Cartas de Felicidade(No112 Plantacao de arroz )

    『5月の詞』 土を耕し 種を撒き 苗を植える。時が来れば自然に 花が咲き、実は稔る。作る歓び。 どんなことでもいい。いつも 創造的でいよう。     妙遊(戴造) ———————————————————————————————————————– 『Poesia de maio 』 Cultivar a terra, plantar a semente, plantar a muda do arroz; Ao chegar o tempo, as … Continue Reading →

Shimada Taizo -Museu Para Acalmar Especial ( Panorama da ponte Sakai)

      呉の堺川に懸かる こはる橋から見える堺橋風景。水面に映る風景も季節ごとに千変万化。夏の雲のシルエットに惹かれて描きました。(8号M) —————————————————————   生命  繰り返し訪れる 季節の変化の中にも 新しい発見がある。 常に変化している生命の姿。それが諸法の実相。不可思議。神秘。驚き。妙。 (戴造)      

Shimada Taizo – Cartas de Felicidade Extra(Cachoeira (Foz do Iguacu))

     瀑韻(イグアスの滝) イグアスの滝を描いている時、青年期によく聴いていたメンデルスゾーンの弦楽セレナーデをたまたまCDで聴いて 涙がドッと溢れました。純粋な青年期を思い出して…。大朝に居た頃、カウンターテナーのスラバの声でカッシーニのアベマリアを初めて聴いた時号泣した時のことを思い出しました。「魂が揺さぶられる音楽があるのに、未だ絵画でそういう作品にお目にかかったことがないなあ」と思った時、この滝を「人類の魂の涙」だと想いながら描こうと努力しました。時間が足らず 十分ではありませんが、その気持が少しでも出てればいいなと思っています。島田戴造