Shimada Taizo -Museu Para Acalmar (No125 蒜山高原)

    …………………………………………………………………………………………………………………………………………………. 「8月の詞」    せっかく戴いた生命。生を味わい尽くそう。苦楽ともに…。エネルギー溢れる時は 創造活動に励もう。外に飛び出し、大自然の鋭気を吸収しよう。平穏な時は 静かに 感謝の祈りに浸る。   妙遊(戴造) …………………………………………………………………………………………………………………………………………………..    

Shimada Taizo -Museu Para Acalmar Especial ( Panorama da ponte Sakai)

      呉の堺川に懸かる こはる橋から見える堺橋風景。水面に映る風景も季節ごとに千変万化。夏の雲のシルエットに惹かれて描きました。(8号M) —————————————————————   生命  繰り返し訪れる 季節の変化の中にも 新しい発見がある。 常に変化している生命の姿。それが諸法の実相。不可思議。神秘。驚き。妙。 (戴造)      

Shimada Taizo -Museu Para Acalmar Especial (Lirio-D’agua)

    「組織考」      宗教組織・教団は宿命的に布教拡大・組織防衛意識が働き 批判拒否体質に陥りやすく、個で在ることは難しい。むしろ許されないのが宗教組織の体質であるかもしれない。ところが皮肉にも 宗教性の究極は 個を大切にし 個を最高に輝かせる(仏に成る)ことにある。あらゆる仏陀もそれを願って来られた。だが 組織は上下関係を生み出し 権力構造を作り出し、組織を運営し 動かす人材は有用だけど、個(仏)の出現は許さない。組織・教団はそういう危険性を常に孕んでいる。従って創造的であるか否かが真に宗教的であるか否かを判別する指標となる。宗教組織は教条主義的になりやすく、他は受け入れられない。 偏狭な正義に固執し、争いを引き起こし、破壊・テロ・戦争を生み出している。平和や愛を標榜しているにもかかわらず、実は 平和を壊している遠源に宗教組織があることに驚きを隠せない。創造的であろう。愛を感じ 愛を産み出すことこそ最も創造的・宗教的行為と意識し 残りの人生を 自分なりに生きようと思う今日この頃です。    島田戴造     ※作品「睡蓮」は50号Mサイズの日本画で「呉美術協会展」出品作です。   ~7/2(木)~7/6(月)    於呉市立美術館~

Shimada Taizo -Museu Para Acalmar (No124 Flor de loto)

  「6月の詞」       清らかでいよう。世俗の汚泥にまみれても…。ヒタヒタと 窮屈で住みづらい社会へと 一直線に進んでいる世相が 目に見えてわかる。犯罪・詐欺が溢れ 何を信じていいのか 世間は警戒心・猜疑心で固まっている。純粋な善意も簡単に裏切られる 悲しい世の中。それでも 一輪であっても 清らかな華でいようと再認識した。汚されないよう 少しは気をつけながら…。      島田戴造    

Shimada Taizo -Museu Para Acalmar (Especial)

   015年5/5(火)~5/10(日)に広島県立美術館県民ギャラリーで開催された広島県日本画展に出品した作品です。 大きさは縦180㎝×横360㎝の大作です。タイトルは「祈りの群像」。平和祈願の為に造られたフランスの著名な彫刻家ルイ・デルブレ氏の作品がモチーフです。何故かこれが広島県の北広島町大朝にあるのです。20年前に出会ってからやっと絵に完成することが出来ました。六体のブロンズ像に込められた意味は「希求」「受容」「慈愛」「平和」「瞑想」「創造」そのように私は受けとめています。それは私の生涯のテーマでもあります。全力投球で命を吹き込むように描きました。今力使い果たして休んでいるところです。                  

Shimada Taizo -Museu Para Acalmar (No123 Cerejeiras)

  この春は桜を求めて あちこち訪ねました。三好達治の「あはれ 花びら ながれ をみなごに 花びらながれ をみなご しめやかに 語らひ あゆみ …」の詩の情景イメージをいつか絵にしたくて、材料探しに…京都方面まで。結局見つかりませんでしたが 見応えのある桜風景には沢山出逢えました。最後に大朝の寺院境内のなじみの垂れ桜を訪ねると奥様から20年ぶりに抹茶を振る舞って戴いた。色々なことを思い出しながら、円立寺の桜を描いてみました (島田戴造)